2026.08.14 ブログ
非上場株式の評価ルールが61年ぶり見直しへ|事業承継への影響を解説
「300万社の株価」を左右するルールが変わる
まず押さえておきたいのは、この話が一部の富裕層だけの問題ではないということです。国内には約300万社の会社があり、その大半は株式を市場に公開していない非上場会社(同族会社)です。町工場も、地域の建設会社も、代々続く小売店も、その多くがオーナー一族で株式を保有しています。
上場株であれば、証券取引所での取引価格がそのまま時価になります。ところが非上場株には市場価格が存在しません。それでも、社長が亡くなって株式を相続したり、後継者へ生前贈与したりすれば、その株式は立派な「財産」として相続税・贈与税の課税対象になります。では、値段のない株にどうやって金額を付けるのか──。ここで使われてきたのが、国税庁が1964年(昭和39年)に定めた「財産評価基本通達」に基づく評価方法です。今回、この60年以上続いた枠組みそのものが見直されようとしています。
そもそも「非上場株式の評価」はどう決まるのか
現行ルールでは、非上場株式の評価方法は会社の「規模」によって変わります。従業員数・総資産・取引金額などに応じて、会社を大会社・中会社・小会社の3つに分類し、それぞれ異なる計算方法(またはその組み合わせ)を適用する仕組みです。代表的な評価方式は次の2つです。
① 類似業種比準方式
自社と業種が似た上場企業の株価を参照し、そこに「配当・利益・純資産」といった要素を当てはめて株価を算定する方法です。おおまかに言えば「同じような業種の上場企業と比べて、うちの会社はこのくらいの価値だろう」と見積もるイメージです。規模の大きい会社ほど、この方式のウエイトが高くなります。
② 純資産価額方式
会社が保有する資産から負債を差し引いた「正味の財産(純資産)」をもとに株価を計算する方法です。会社を今たたんだら株主にいくら残るか、という発想に近いものです。規模の小さい会社ほど、この方式の比重が大きくなります。
実務では会社規模に応じて①と②を組み合わせる(併用する)ことも多く、同じ財産価値の会社でも、どの区分に当てはまり、どの方式で計算するかによって、評価額に大きな差が生まれます。とりわけ「大会社」に区分されると①類似業種比準方式のウエイトが高まり、利益や配当を調整することで株価を下げやすい、という特徴がありました。
- 非上場株は市場価格がないため、国が定めた通達に沿って「みなしの株価」を計算する。
- 会社を大・中・小に分類し、区分ごとに異なる評価方式を使う。
- 同じ実態の会社でも、区分と方式次第で評価額が数倍変わることがある。
なぜ「評価額を下げる節税」が問題視されたのか
評価方法によって株価に差が出るということは、裏を返せば「意図的に評価額が下がる状態を作り出す」余地があるということでもあります。実際に近年は、この仕組みの隙間を突いた極端な節税策が広がり、問題視されてきました。報道で紹介されている典型例を、仕組みとして噛み砕くと次のようなものです。
ひとつは、会社の利益を一時的に圧縮して株価を下げる手法です。役員報酬を大きく計上したり、多額の減価償却が生じる資産(たとえばリース用の航空機など)を購入したりして、その年の利益を意図的に小さく見せます。利益が下がれば類似業種比準方式による株価も下がるため、そのタイミングで株式を後継者へ贈与し、あとから資産を売却して利益を戻す、といった流れです。
もうひとつは、会社の区分そのものを操作する手法です。別会社から従業員を転籍させるなどして規模の基準を満たし、評価額が下がりやすい「大会社」に区分されるよう仕立てる、といったやり方も指摘されています。過去には、資産管理会社を用いた相続で株式の評価額を大幅に引き下げたケースも報じられました。
こうした手法は形式的には通達に沿っていても、実態を伴わない「数字づくり」で税負担だけを圧縮している、という点で公平性を欠きます。会計検査院も2024年に、現行ルールでは評価方式の違いによって評価額に4倍以上の差が生じ得ると指摘し、公平性の観点から問題があるとしていました。これを受けて国税庁は2026年4月に有識者会議を設置し、見直しに向けた議論を進めてきた、という経緯です。
見直し案のポイント──「規模の区分」を撤廃
報道によれば、検討されている見直し案の柱は次の3点です。従来のように会社を大・中・小に分けて別々の方式を使うのではなく、評価の考え方を統一し、一時的な操作で株価を動かしにくくする方向性がうかがえます。
| 現行ルール | 見直し案(報道ベース) |
|---|---|
| 会社の分類 | |
| 規模により大・中・小の3区分に分け、区分ごとに評価方式が異なる。 | 大・中・小の分類を撤廃し、評価手法を統一して公平性を高める。 |
| 評価の基準 | |
| 類似する上場会社の平均株価をベースに算定。利益の増減が株価に反映されやすい。 | 上場会社の株価は用いず、帳簿上の純資産額をベースに評価する。 |
| 利益の見方 | |
| 単年度の利益が影響しやすく、一時的な支出で株価を下げやすい。 | 単年度ではなく直近数年間の利益に基づく「収益力」で評価。一時的な利益圧縮を効きにくくする。 |
ポイントは、「上場会社の株価との比較」から「その会社自身の純資産と数年分の稼ぐ力」へと評価の軸が移る点です。純資産をベースに、単年度ではなく複数年の利益を見るようになれば、一度の役員報酬や資産購入で利益を凹ませても株価が大きく下がりにくくなります。行き過ぎた節税を抑える一方で、これまで大会社区分で評価が下がりやすかった会社では、評価額(=相続税・贈与税の負担)が現在より上がる可能性もあります。
現時点(2026年8月)で示されているのは、有識者会議で概要が議論される「見直しの方向性」です。適用開始の時期、経過措置、具体的な計算式などの詳細はこれから固まっていきます。数字の一人歩きや、確定前提の慌てた対策はかえってリスクになりかねません。最新の公表情報を確認しながら、冷静に準備を進めることが大切です。
よくある3つの誤解を整理する
この話題については、経営者の方からよくいただく誤解があります。判断を誤らないために、代表的なものを整理しておきます。
誤解1「株を公開していないのだから、株価は関係ない」
非上場であっても、相続・贈与の場面では必ず「みなしの株価」が計算されます。むしろ市場価格がないぶん、通達に沿った評価が唯一のものさしになります。業績の良い会社ほど自社株の評価は高くなりやすく、「気づいたら自宅や現預金より自社株のほうが高い財産だった」というケースは珍しくありません。株を売って現金化できるわけでもないのに多額の相続税がかかる、というのが同族会社の相続の難しさです。
誤解2「利益を下げておけば株価は下がるから安心」
今回の見直しは、まさにこの発想に歯止めをかけるものです。単年度の利益ではなく直近数年間の収益力で評価する方向になれば、一度きりの利益圧縮では株価はほとんど動かなくなります。これまで有効だった「利益を凹ませてから贈与する」といったタイミング勝負の節税は、通用しにくくなると考えておくべきです。
誤解3「改正されるなら、今のうちに急いで贈与すればよい」
現行ルールのうちに動いたほうが有利になる会社もあれば、そうとは限らない会社もあります。実態を伴わない駆け込みの株式移転は、後日の税務調査で否認されるリスクもあります。有利・不利は自社の純資産や利益構造によって変わるため、確定した内容を見てから、自社の数字に即して判断するのが安全です。
経営者・事業承継層がいま考えておくべきこと
自社株の評価が変われば、事業承継にかかるコストも変わります。とりわけ、これまで評価が下がりやすい区分・方式の恩恵を受けてきた会社ほど、影響を受けやすいと考えられます。焦って動く必要はありませんが、次の3つは今のうちに整理しておく価値があります。
1. 現状の自社株評価を「見える化」しておく
まずは現行ルールで自社株がいくらと評価されるのか、直近の決算書をもとに把握しておきましょう。現在地が分からなければ、ルール改正で何がどう変わるのかも判断できません。純資産の規模や利益水準を確認しておくことは、どんな結論になっても無駄になりません。
2. 「節税ありき」ではなく「承継の設計」で考える
一時的に利益を圧縮して株価を下げるといった手法は、今回の見直しで効きにくくなる方向です。今後は小手先のテクニックよりも、後継者の選定、株式の集約、経営権の移し方、納税資金の確保といった承継そのものの設計が一層重要になります。事業承継税制(納税猶予・免除制度)など、制度に沿った正攻法の選択肢も含めて検討する価値があります。
3. 確定情報が出たら専門家と対応を再確認する
見直し案の詳細が公表された段階で、自社にとって評価額が上がるのか下がるのか、いつから適用されるのかを個別に検証する必要があります。改正の内容次第では、生前贈与や株式移転の「最適なタイミング」も変わってきます。一般論だけで判断せず、自社の数字に即して専門家と方針を確認することをおすすめします。
まとめ──「公平化」の流れは今後も続く
今回の見直しは、単なる増税ではなく、評価方法の違いから生じていた不公平を正し、実態に見合った課税へとそろえていく「公平化」の動きです。会計検査院の指摘に始まり、有識者会議での議論を経て制度が変わっていくというこの流れは、一度きりのものではなく、今後の税制のトレンドを示していると見ることもできます。小手先の節税テクニックが通用しにくくなる一方で、実態のある事業をどう次世代へ引き継ぐか、という本質的な準備の重要性はむしろ高まっていきます。
大切なのは、報道の見出しに一喜一憂して慌てて動くことでも、逆に「まだ決まっていないから」と放置することでもありません。現状の自社株評価を把握し、確定情報が出たら速やかに自社への影響を検証できる状態を整えておくこと。この備えがあるかどうかで、いざ改正が動き出したときの選択肢の幅が大きく変わります。事業承継は、時間を味方につけられるかどうかが結果を左右します。少し早いくらいのタイミングで、専門家とともに現在地の確認から始めておくことをおすすめします。
自社株評価・事業承継のご相談はお気軽に
三瀬国際税務会計事務所では、現状の自社株評価の把握から、事業承継税制の活用、承継スキームの設計まで、税務と労務の両面からトータルでサポートいたします。ルール改正を見据えた早めの準備を、私たちがお手伝いします。
はじめての方は、ご相談の流れもあわせてご覧ください。
※本コラムは、2026年8月14日時点で報じられた国税庁の見直し方針に関する報道内容および一般的な税務知識をもとに、当事務所が独自に構成・執筆したものです。見直し案は検討段階であり、今後の議論により内容・時期が変更される可能性があります。個別の税務判断にあたっては、必ず最新の公表情報をご確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく損害について当事務所は責任を負いかねます。



