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2026.10.28 ブログ
相続時精算課税の届出書を出し忘れると?亡くなった年の110万円贈与の注意点

「子や孫への贈与は、年110万円までなら税金がかからない」。生前贈与の基本として、このように覚えている方は多いと思います。ところが、贈与をした方がその年のうちに亡くなると、この110万円は原則として相続税の計算に足し戻されます。足し戻しを避ける方法が相続時精算課税の届出書の提出ですが、この届出書には通常より早い期限があり、出し忘れると後から取り戻す方法がありません。
最近、この届出書の提出漏れによって税理士が約100万円の損害賠償を求められた事例が公表されました。本コラムでは、この事例をきっかけに、亡くなった年の贈与で相続時精算課税を選ぶ仕組み・期限・提出先を、ご家族の目線でわかりやすく整理します。
1. 届出書の出し忘れで約100万円の損害が出た事例
東京海上日動が公表している税理士職業賠償責任保険の事故事例(2026年版)に、次のようなケースが紹介されています。
事例の概要
亡くなった方は、亡くなった年に子など相続人3人へ、それぞれ110万円を贈与していた
税理士は最初の面談でこの贈与を把握していたが、相続時精算課税の届出書を期限までに提出しなかった
その結果、本来なら相続税の計算から外せた330万円が相続財産に加算され、相続税が約100万円多くなった
税理士の責任が認められ、賠償責任保険から免責額30万円を差し引いた約70万円が支払われた
この事例で注目したいのは、ご家族は贈与の事実をきちんと伝えていたという点です。情報はそろっていたのに、届出書という手続きの最後の一歩が抜け落ちたことで、取り返しのつかない損失になりました。なぜこのようなことが起こるのか、仕組みから順に見ていきましょう。
2. 亡くなった年の贈与は「年110万円非課税」にならない
一般的な生前贈与は「暦年課税」と呼ばれる方法で、1年間に受けた贈与が110万円以下であれば贈与税はかかりません。ただし暦年課税には、亡くなる前の一定期間に相続人などが受けた贈与を、相続財産に足し戻して相続税を計算するというルール(生前贈与加算)があります。
この足し戻しの期間は、2026年12月31日までに発生した相続では3年ですが、2027年以降の相続から段階的に延び、最終的には7年になります。いずれにしても、亡くなった年の贈与は必ず足し戻しの対象です(国税庁「No.4307 贈与者が贈与をした年に死亡した場合の贈与税及び相続税の取扱い」)。110万円以内の贈与であっても、相続税の申告が必要なご家庭では、相続税がかかる財産として扱われます。なお、暦年課税と相続時精算課税のどちらで贈与を進めるかの考え方は「生前贈与と相続、どっちがお得?」でも解説しています。
3. 亡くなった後でも相続時精算課税は選べる
相続時精算課税は、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与について選べる制度です。2024年1月1日以後の贈与からは、年110万円の基礎控除が新たに設けられ、この110万円以内の部分は相続のときに足し戻さなくてよいことになりました(国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」)。
そして、相続時精算課税は贈与をした方が亡くなった後でも、亡くなった年の贈与について選ぶことができます。届出書を出すかどうかで、相続税の計算は次のように変わります。
| 届出書 | 亡くなった年の贈与(1人110万円)の扱い |
|---|---|
| 出した場合 | 基礎控除110万円の部分は足し戻さない(今回の事例なら3人分330万円が対象外) |
| 出さなかった場合 | 暦年課税の扱いとなり、贈与した全額を足し戻す |
贈与をした方はすでに亡くなっているため、この先の贈与に影響が出ることもありません。多くの場合、亡くなった年の贈与について相続時精算課税を選ぶことは、相続税を抑えるための有効な手段になります。ただし、贈与を受けた方が相続で財産を取得するかどうかなどによって判断が分かれることもあるため、個別に確認することが大切です。
4. 相続時精算課税の届出書の期限と提出先
相続時精算課税の届出書は、通常であれば贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに提出します。しかし、贈与をした方がその年のうちに亡くなった場合は、期限と提出先が変わります。
相続開始年の贈与(届出書のみ提出)
1月1日〜5月15日に亡くなった場合……相続税の申告期限まで
5月16日〜12月31日に亡くなった場合……亡くなった年の翌年3月15日まで
期限が土日・祝日にあたる場合……翌平日が期限になる
提出先……亡くなった方(贈与者)の住所地の所轄税務署(相続税の申告書と同じ税務署)
正確には「贈与税の申告期限」と「相続税の申告期限(亡くなったことを知った日の翌日から10か月)」のいずれか早い日が期限です(国税庁「No.4302 贈与者が贈与した年の中途に死亡した場合の相続時精算課税の選択」)。たとえば、次のようになります。
| 相続開始日(例) | 届出書の期限 | ポイント |
|---|---|---|
| 2026年1月10日 | 2026年11月10日(火) | 相続税の申告期限と同じ日 |
| 2026年4月20日 | 2027年2月22日(月) | 2月20日が土曜日のため、翌平日にずれる |
| 2026年8月1日 | 2027年3月15日(月) | 相続税の申告期限(6月1日)より早い |
ここに注意
贈与が110万円以下であれば贈与税の申告は不要ですが、届出書だけは必ず提出が必要です。また、期限を過ぎてから提出しても相続時精算課税は認められず、救済規定もありません。相続税の申告期限が先に来る場合は、相続税の申告書に届出書を添付して提出します。
相続税の申告期限そのものについては「相続税の申告期限は10か月|過ぎたら?間に合わない時の対処を解説」もあわせてご覧ください。
5. 亡くなる前年の贈与も見直せる場合がある
同じ考え方は、亡くなる前の年に受けた贈与にも使えることがあります。前年の贈与はまだ贈与税の申告期限が来ていなければ、相続時精算課税に切り替えることで、110万円の部分を足し戻しの対象から外せます。
相続開始前年の贈与
期限……亡くなった年の3月15日まで
提出する書類……贈与が110万円以下なら届出書のみ、110万円を超えていれば届出書と贈与税の申告書
提出先……贈与を受けた方(受贈者)の住所地の所轄税務署
期限が亡くなった年の3月15日なので、間に合うのは年明けすぐに相続が発生し、3月15日より前に専門家へ相談できた場合に限られます。たとえば2027年1月〜3月上旬に相続が発生した場合は、2026年中の贈与について検討の余地があります。年の初めに相続が起きたら、前年の贈与も含めて早めにお知らせください。
6. 届出書が漏れやすい3つの理由
理由1:贈与税の申告がないため、書類が「単独」になる
110万円以下の贈与では贈与税の申告書を作らないため、届出書だけをぽつんと出すことになります。ほかの手続きにくっついていない分、意識から外れやすくなります。
理由2:相続税の申告より早く期限が来る
相続税の申告は、財産の調査や評価、遺産分割の話し合いを経て、10か月かけて仕上げていきます。その途中に、別の書類の、より早い締め切りが入り込んでいるのが落とし穴です。
理由3:制度が新しく、経験の蓄積が少ない
相続時精算課税の110万円の基礎控除は2024年に始まったばかりです。亡くなった年の贈与にこの控除を使う場面は、専門家にとってもまだ実務経験の少ない分野といえます。
7. ご家族が今日からできる備え
難しい制度に見えますが、ご家族ができることはシンプルです。次の点を確認してみてください。
いつ、誰から誰へ、いくら贈与したかを通帳やメモで確認できるようにしておく
相続の相談では、過去の贈与だけでなく「亡くなった年の贈与」を最初に伝える
年の初めの相続なら、前年の贈与についても忘れずに伝える
税理士に「相続時精算課税の届出書は必要ですか」と確認し、期限の日付を書面やメールで受け取る
届出書の期限をご家族のカレンダーにも入れ、期限前に提出済みかを確認する
当事務所では、相続税申告のご依頼をいただいた際に、相続開始年と前年の贈与の有無を確認し、相続時精算課税の届出が有利になる場合には期限を踏まえてご提案しています。生前対策から相続発生後の手続きまでの流れは「生前対策・相続手続の流れ」でもご紹介しています。
8. よくあるご質問(FAQ)
Q1. 亡くなった後に、相続人が相続時精算課税を選ぶことはできますか?
はい、できます。亡くなった年に受けた贈与であれば、贈与を受けた方が期限までに届出書を提出することで、相続時精算課税を選べます。届出書は贈与を受けた方ごとに提出します。
Q2. 相続税の申告が不要な場合も、届出書は必要ですか?
相続時精算課税を選ぶのであれば、相続税の申告の要否にかかわらず届出書の提出が必要です。ただし、相続税がかからないご家庭では足し戻しの影響もないため、提出するメリットがあるかは状況によって異なります。相続税がかかるかどうかの目安は「相続税はいくらから?基礎控除の計算方法」で解説しています。
Q3. 期限を過ぎてしまったら、どうなりますか?
期限後に提出しても相続時精算課税は適用されず、贈与は暦年課税として扱われます。亡くなった年の贈与は全額が相続財産に足し戻されることになるため、期限内の提出がとても重要です。
9. まとめ|相続開始年の贈与は早めの確認を
亡くなった年に受けた贈与は、相続時精算課税の届出書を出せば110万円の部分を足し戻さずに済みますが、出さなければ全額が相続税の対象になります。期限は相続税の申告より早く来ることが多く、過ぎてしまうと救済規定はありません。
特に、2026年1月に相続が発生したご家庭では、届出書の期限は相続税の申告期限と同じ2026年11月で、残された時間はわずかです。2026年2月〜5月15日の相続も、2026年12月〜2027年3月にかけて順に期限を迎えます。亡くなった方からその年に贈与を受けていた場合は、すぐに担当の税理士へ届出書の提出状況を確認してください。
相続税申告・生前贈与のご相談は当事務所へ
相続開始年の贈与の確認から相続時精算課税の届出、相続税申告まで、相続を専門とする税理士がワンストップでサポートいたします。期限が迫っている方も、まずはお気軽にご相談ください。
※本コラムは2026年10月時点の法令・公表情報をもとに、一般的な解説を目的として作成したものです。事例は東京海上日動「税理士職業賠償責任保険 事故事例(2026年版)」No.19を参考に、内容を要約して紹介しています。制度の詳細は国税庁「No.4302 贈与者が贈与した年の中途に死亡した場合の相続時精算課税の選択」「No.4103 相続時精算課税の選択」をご確認ください。個別の判断にあたっては、必ず専門家にご相談ください。


